白黒つける。| 一般社団法人Kumae ー ブログ

白黒つける。

白黒つけるってカッコいいですよね。
決断するっていう意味ではカッコいいかもしれないですが、


なにかわからないものになんでも名前をつけたりする世の中ってどうなのかなって思います。


もちろん一つの概念として名前をつけるということは便利かもしれません。でも、わからないいわゆるグレーゾーンが社会の中にあってもいいんじゃないかって話です。


社会がグレーゾンを許すことで生き方の幅がもっと広がるんじゃないかって思うんです。


この文章で誰かを批判したい訳ではなく、
はっきりとした理由(答え?)を追い求めすぎる社会は誰かの、または自らの生きる幅を狭めてるように思うんです。


一例として、

小さい頃はお化けや幽霊、いわゆる目に見えないものを怖がっていました。

人は目に見えないモノやわからない、理解できないモノが怖いんだと思います。(少なくとも小さい頃の僕はそうでした。)

お化けや幽霊
まだ見ることのできない将来のこと
コソコソ話だからわからないモノには名前や理由をつけたがるんだと思います。

わからないことがモヤモヤするんです。


もう一つの一例として、

(僕の記憶違いだったら申し訳ないんですが、)10年前には世間的に知れわたっていなかった病気が今では多くの人が知っています。
それはSNSやメディアの発展のおかがかもしれませんが、僕は別の要因もあると思っています。


昔は、空気が読めない、授業中騒いだり奇声を発したり子がクラス内にいると「なんとなく変だなーあの子。」で終わっていたのが、今ではアスペルガー症候群という「病気」として診断されます。


ケアレスミス連発、授業中でも落ち着いていられない子がいると昔はおっちょこちょいのAくん、Aちゃんで終わっていたのが、今ではADHD(注意欠如・多動症)という「病気」として診断されます。


他にも境界性パーソナリティ障害など昔はある程度は「個性」として捉えられていたものが、今では病気になってしまいます。


名前をつけることで病気についての理解は深まったかもしれませんが、その子の「個性」が病気としてひとまとめにされているように思うんです。

それぞれの個性が世の中にあることで、システマチックにまとめることが難しいことかもしれません。

戦後のことは詳しくわかりませんが、個性を認めずみんなが社会の仕組みの中の一部として働いたからこそ、今の日本、世界があるんだという話をきいたことがあります。

世界大戦から70数年経った今でも、同じようなことをしても無駄だと思います。


「昔はね。」って話しているおっちゃん

「死ぬ気で働く。」ってことを強制しようとするシャッチョサーン

「日本っていう国はね・・・」ってむかーしむかしの話をするじっちゃん、ばっちゃん。


もちろん、人として大事なことはいつの時代も変わらないと思っています。

古き良き日本、僕は大好きです。

でも、やり方や姿勢は時代が変わるごとに変わっていいものだと思います。

もっと個性を尊重してあげて良いと思います。

(自分には)わからないけど、まぁいっか。
で終われるようなグレーゾーンがあっても良いんじゃないかと思っています。


もっと自由に個性を出せる場所が増えてもいいんじゃないかと思うんです。


個人が意見を言えるようなそんな安心・安全な場所があってもいいんじゃないかと思うんです。

Kumaeはそんな社会をつくりたいと思っています

 

白黒つける。

 

山勢拓弥

 

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