山勢拓弥 「自分の楽しいが誰かのためになる」

山勢拓弥

ゴミ山と聞いてどんなところを想像するだろうか。カンボジアに初めて旅行しに来たときにカンボジア人に聞いた「ゴミ山」という単語。僕は小学4年生のとき、社会見学の際に行った福岡県のゴミ処理施設の匂いと光景を思い出した。

僕がカンボジアに初めて来たのは2012年5月、住み始めたのは2013年4月だから、初めて来てから「移住する」と決断するまでには1年もいらなかった。当時大学1年生だった僕は、机上の空論にすぎないと決めつけていたつまらない講義は、暇つぶしにもならなかった。退学届けとカンボジア行きのEチケットを握りしめ、両親に自分の覚悟を話したときは呆れた様子で最初は話しさえ聞いてもらえなかった。今思えば、そのときのワガママな感情を19歳なりの言葉に直してぶつけただけだから納得してもらえないのも当然だったと思う。

「あんたは昔から頑固だからねぇ」

と最終的には僕の想いを理解して送り出してくれた。

ここまでして僕がカンボジアに行きたかったのには二つの理由がある。

一つ目はただ純粋に楽しかったから。高校という小さな社会から脱出した後も、大学という社会に馴染めずにいた。初めてのコンビニでのアルバイトも勤務態度のせいで1ヶ月でクビになった。そのときに出会ったカンボジア。自由な空気、暖かい気候、そして経験豊かな在住日本人たちとの会話は当時の僕には将来のことなどどうでもいいと思わせてくれるほどに新鮮だった。

二つ目は「ゴミ山」という存在を目にしてしまったから。初めて行ったカンボジアのゴミ山。教科書でフィリピンのゴミ山、通称「スモーキーマウンテン」を知っていたが、実際にゴミ山を見るのは教科書で見るよりも臭くて、汚くて、圧倒された。使用済みの注射器やガラスの破片などが散乱するそんな劣悪な環境で働いている人たちがたくさんいた。子どもたちもいた。「なにかできることはないだろうか。」そう思ってから、行動に移るまでは早かった。日本語も英語もできない現地の人たちにカンボジアの言葉を教えてもらいながら、ゴミ山の実態やそこでの生活など、疑問に思うことは全て聞いた。その中で引っかかったキーワードが「選択肢の少なさ」だった。子どもたちには将来ゴミ山で働かないでいいように、できるだけ外の世界も知ってもらおうと日本語学校を設立した。大人たちには安心して働けるように、村で一緒に働こうと呼びかけた。最初はミサンガや麻紐のバック作りなど簡単なものしかできず、苦しんだ。貯金も底を尽きた頃に、紹介してもらったバナナペーパー。バナナの茎から紙を作るプロジェクトが今は11人の雇用を生んでいる。

山勢拓弥

第50回社会貢献者表彰にノミネートされたときにはすごく驚いた。なぜなら僕は自分が好きで楽しいと思うことしかやっていないからだ。楽しくてカンボジアに住み、「なんで?」という疑問が僕を動かしていただけだからだ。でも、楽しいと「なんで?」がモチベーションの僕は地球上の誰よりも幸せで、最高の人生を送れると自負している。自分の楽しいが誰かのためになる。そんな社会を僕は作っていきたいと思う。

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