僕にとっての「○○」

4年前の深夜2am、すでにクローズしているコーヒーショップの机だけを借り、カンボジア人の中で最も尊敬する方と僕がサッカーをする意味を深堀りしてもらった。サッカーを始めたきっかけは「兄がしていたから」という単純な理由。練習をすればするほど楽しかったし、上級生と混ざって試合にでれることはとても嬉しかった。

挑戦

中学校で基礎の大切さを叩き込まれ、高校では戦術を知り、目標のためになにをすれば良いかを「チーム」として365日いっしょに考えた。

Kumaeという団体を立ち上げ、バナナペーパーやAshi、ツアー事業、インターン事業とやっていることも順調に進んではいたものの、行きづまったり、悩みがあるとボールを蹴ってストレスを解消していた。カンボジアに住んでいる僕にとってサッカーとは精神的救いで、それ以上でもそれ以下でもなかった。

4年前、本田圭佑選手が僕の住む町シェムリアップに「ソルティーロアンコールFC」というプロサッカークラブの運営を始めた。
それと同時期に日本人オーナーの「アンコールタイガーFC」もホームをシェムリアップに移した。それ以前はサッカーなんて僕にとっては精神的救いのツールでしかなかったのだが、僕にとってのそれがちょっとずつ変わってきた。

コーヒーショップのミーティングはちょうどその頃だったと思う。

「なぜサッカーをするのか。そしてなぜプロ選手になりたいのか。」

たぶん、プロの道を進んでいる選手たちはそれぞれの答えをすでに言語化していたり、それを体現している人がほとんどだと思う。特に海外でプレーしている選手たちは明日契約を切られるかもしれないプレッシャーの中で、練習や試合を行い、考えを体現している。

挑戦

小中高と名も知られていない学校でサッカーをしてきた僕なんかに届くはずのないプロの世界。Jリーグやもっと上のレベルで戦ってきた選手たちも多いカンボジアリーグの外国人枠。今の事業をやってれば、儲けもあるし、繋がりも、将来もある程度は安定しているもの。

自分の中でのいろんな思いや他人からの心配の声

その葛藤の中でもやりたい。「挑戦したい」という思いは消えることはありませんでした。

午前2時のコーヒーショップで

「なぜサッカーをするのか。そしてなぜプロ選手になりたいのか。」
という問いに対する僕の答えは「挑戦していたいから」です。

カンボジアというフィールドやものづくり、村、ゴミ山、バナナ

このキーワードの中では僕は誰にも負けない知識や経験があると自負しています。
井の中の蛙だとしても、自信のある分野です。

そこから一歩外れ、「サッカー」というキーワードとなると屈強な選手たちの顔が何人も現れ、僕には無理かもしれないとなんども思いました。

未だに「お前には無理だ」と誰かから言われている恐怖観念もあります。毎日練習している近くの広場で、ボールを上手くコントロールできないときや思ったように体が動かないときはその広場がガタガタだからと言い訳をしたくなるときもあります。

挑戦

なんのためにこんなことやってるんだと苦しくなることばかりです。

Kumaeの事業を広げれば楽しいことだけの毎日ですが、僕には退屈すぎてたまらないのです。

長年付き添ってきてくれたカンニャや村の工房で働いてくれているスタッフ、インターン生、守るべきものもたくさんある立場なのにその生活が僕にとっては退屈でしかたないのです。正直な気持ちすぎてもしかしたらKumaeという団体を嫌いになった人もいるかもしれません。
それでも僕は自分のできる、自分にしかできない挑戦を続けていくつもりです。


サッカーで僕はどれだけ戦えるのか、そしてその挑戦がたくさんの人に夢や希望を与えられると信じて来季リーグに向けてトライアウトしてきます。


昔の僕はちょっとした失敗や挫折なんか笑って次に切り替えていましたが、今は立場を気にしすぎて新しいこと全てに億劫になっていました。ながーーーーーい間ぬるま湯に浸かっていた気分です。情けない。なんのスキルも学歴もコネもない僕にとって、挑戦こそが生きる道。

ワガママ上等、自ず(=弥)で道を切り拓くという自分の名前に負けないようこれからも生きていきます。

2019.12.09
山勢拓弥

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