私たちが伝えたかったこと。

私のインターンの中心は “ソチアにしかできないツアー作り”で、いろんな方に協力していただいて作ってきましたが、先日彼はKumaeを辞めたのでこのツアーは出来なくなりました。もうできなくなったので、私たちがツアーで伝えたかったことについてこのブログで書かせていただこうと思います。

私たちが作ってきたツアーで伝えたかったことは

「道を決めるということ」

です。

「道を決めるとは、将来の夢や目標、やりたいことを決めるということ。それによって今日やること、やらなければならないことが見えてくるし、叶えるために努力しようと思えるから、それって素敵じゃない?一緒に道を決めてみませんか?」

ってことをツアーで伝えられるものを作りたかったです。なぜこれを伝えたいのかというと、彼自身が今までの人生において道を決めて生きてきたし、これからの道も決めることができる人だったから、お客さんにもその魅力を伝えたいということで作ってきました。

ツアーでは毎回、彼のライフストーリーを入れていました。

「私は中学生の時にごみ山で働いた経験があります。」というところから話し始めます。

ごみ山で働いたと聞くと、「かわいそう」という感情を持つ人もいますが、そういう見せ方をしたくはありませんでした。かわいそう、助けてあげなきゃ、みたいな感情ってたぶんごく自然に悪気もなく出てくるものだろうと思います。でも
私はもっとそれを取ったところにカンボジアの良いところが見えてくるような気がします。

「かわいそう」越しでは濁って見えづらいカンボジアの良いところを、私はお客さんに伝えたかったです。例えば、「このアンロンピー村はごみ山がある村です。この人たちはごみ山で働いていました。」と聞くと当然、“汚い”や“貧しい”というマイナスのイメージを抱くと思います。それも確かに事実ではあることは認めますが、この村にはそれだけではない一面があることもまた事実です。ごみ山の近くには大きな池があって、そこから見る夕焼けはごみ山の真横であれ本当に綺麗な景色でその美しさは変わらないものだと思える心を持っていたいです。このように、アンロンピー村には、綺麗なものは綺麗だし、豊かな文化もあって、人のあたたかさもつながりも見習うべきところを沢山持っている魅力があるだと思います。こういう良さをお客さんにもそのまま感じてほしいなと思っていました。

私がツアーを案内していた時に、ごみ山の説明をすることによってその「かわいそう」のフィルターをさらに濃いものにしてしまったと感じた時もありました。それは、私の本意ではなくて、自分の伝え方を反省した日もありました。

もっとそのフィルターを外せるのが、彼なのではないかと私は思っていました。ごみ山で働いていたなんてかわいそうだと思った人が、夢や目標を持って励むことの魅力というキラキラしたものを語ったらそのギャップの大きさにインパクトがあるのではないかと考えたからです。ツアーではまだそのギャップをうまく表現するところまではいっていなかったかもしれないけれど、そこに私は可能性を感じていました。

ライフストーリーでは、「このごみ山で働いた経験を経て、Kumaeの日本語学校と市内の山本日本語学校で日本語を学習して今はKumaeのスタッフとして働いています。」と語っていました。

続けて、「ガイドになると5年前に決めてガイドの資格を今年取得しました。そして、これからの夢は日本語学校をこの村で作ることです。」と話していました。

このように語っていたツアーを作っていても、私は彼のように自分の夢や将来の目標は見つけることができませんでした。でも、それは悪いこととかでもなくて、私みたいな人がいてもいいと思っています。でも、目標を持つことや夢を持つことのワクワク感や魅力を私はたくさん知れたから、きっとこれだ!ってものに出会えた時に私は夢を持つのだと思います。

「道を決めてみませんか?」

そうツアーでお客さんに言っていた彼が、Kumaeとは別の道に決めたとしてもそれはそれでいいと思います。結果に形にならないで消えていくむなしさは大きすぎるもので、真剣に向き合ってきたからこそ残念で悲しかったけれど、彼が自分で決めた道ならそこへ向かって進んでいくことに励んでほしいと思います。

自分で決めたものは誰が言い訳をできるわけでもありません。何事も色んな理由があるうえで最後に決断を下すのは全部自分です。だから、私は彼の決断を受け入れてちゃんと応援したいです。

*KUMAEについて http://kumae.net
*KUMAEインターンについて http://kumae.net/インターン

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