Covid-19と資本主義経済

難しそうなタイトルで読む気がなくなりそうですよね。でもとても大切なことを書きますので、読んでください。ここまで読んで閉じてしまったあなたには明日お尻ペンペンの刑を誰から実行してもらいます。

そういう僕も資本主義のことはよくわかってないので、参考としてこちらのリンクから勉強してください。
https://vicryptopix.com/capitalism-socialism/


今日3週間ぶりに村へ行きました。
世界中がコロナで鎖国し始めている中、僕は今カンボジアにいます。
(カンボジアも陸の孤島となりつつある。)

村に関わっている他の団体さんに話を聞くと、
「この状況では村に入れない。」
「なにが起こっても私たちのせいにされる」
とかなり敏感になっていました。


僕はそういう理由で行ってなかった訳ではないですが、
久しぶりの村に少し戸惑いがありました。
誤解を招くといけないので、先に記述しておくと
・換気の良い場所で話す。
・長居をしない。

ということには細心の注意を払い訪問しました。

村にいるスタッフに会うと、僕の想像していたそれとは違い、「ニャンバーイナウ?(ご飯食べた?カンボジアではこんにちはみたいな意味)」と聞いてくれる通常運転しているスタッフたちがいました。

村全体も特に変わった様子はなく、いつも通りのホッとできる空間がありました。村では結婚式が盛大に行われ、肩を抱きセルフィー2ショットは当たり前。席感覚はだいたい10cmくらい。マスクをしている人2-3人という状況でした。

カンボジアの村でもスマホの所持率は高く、ほとんどの人が持っています。社会の情報はだいたいFacebookから得ているので、世界がコロナに怯えていることはみんなが知っていることでした。シェムリアップの市内での話題はもっぱらコロナ。それとは違い、村では「ペイさんの家のマンゴーが美味しい」だとか、「次はコンとサックが結婚する」だとか、「あの人が家を建て始めた」だのいつも通りの会話が聞こえてきました。

今日村に行ってとても大きな気づきがありました。
もちろん僕らはコロナに感染することも怖いですが、それよりもなによりも世界的恐慌で経済的に立ち行かなくなり、文字通り死んでしまうことを恐れてるんじゃないかってことです。


村がいつも通りだったのは、幸か不幸か社会保障もほとんどないためどこにも頼ることなく、自分たちの村や近くの村で取れたものを食べ、自分たちで米を育て、自分たちで家を建てられるからだと思いました。

僕たちは資本主義経済に頼りすぎ、そのシステムの中にいるからこそ守られていたんだと実感しました。このような状況がもっと悪化し、経済の仕組みは崩れ、金があっても輸入に制限がかけられ、食べるものもろくにありつけない。そんな世界になったときに「いつも通り」生活していけるのはこの村の人たちだと強く実感しました。

カンボジアで自立支援を行おうとしていた過去の自分が恥ずかしいです。
もっとも自立し、生活しているのは村に住むカンボジア人でした。
外部にいる僕らができることは、村の中に住んでいるからこそわからない、その生活の大切さや知恵を素晴らしいものだとお伝えすることだと思いました。

「ええ匂いじゃのぉ、おぬし。」(自立支援なんて考えてた頃の僕。)


また、今回の当事者である僕が、村生活の知恵や村での当たり前を世界の人に伝えていくことが大事だと実感しています。
僕らにはそれを伝えていく義務があるし、バナナペーパーブランドAshiという手段もあります。今回感じたことと改めて実感したカンボジア村生活の知恵をAshiに落とし込みブランド化し、世界に広めていこうと思います。
Kanha&Co.

Leave your thought